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ホモ・デウス 下

 著者はこの本の結論として、「1 科学は一つの包括的な教義に収斂しつつある。生き物はアルゴリズムであり、生命はデータ処理であるという教義だ。2 知能は意識から分離しつつある。3 意識を持たないものの高度な知能を備えたアルゴリズムが間もなく、私たちが自分自身を知るよりもよく私たちのことを知るようになるかもしれない。」とサピエンスの歴史を考察しています。この考え方は本書でデータ至上主義もしくはデータ教と呼ばれています。著者はこの「三つの動き」のそれぞれに対して、「生き物はアルゴリズム、生命はデータ処理にすぎないか? 知能と意識のどちらが価値があるか? 3が起こったら社会や政治や日常生活はどうなるか」といった問いも投げかけて本書は終了しています。

 「人間至上主義」では、神ではなく「汝の感情に耳を傾けよ」と命じていたのが「データ至上主義」になれば「アルゴリズムに耳を傾けよ」になると言います。そして、「情報の自由」を擁護しますが、「表現の自由」とは違います。表現の自由は人間に与えられ好きなことを言うことも何も言わないことも権利として保護されますが、情報の自由は情報に権利が与えられ「人間がデータを所有したりデータの移動を制限したりする権利よりも、情報が自由に拡がる権利を優先する」と言います。人類を単一のデータ処理システムと解釈すれば一人の人間はシステムのチップ(プロセッサー)で人類の歴史は「1 プロセッサーの数を増やす。2 プロセッサーの種類を増やす。3 プロセッサー間の接続を増やす。4 既存の接続に沿って動く自由を増やす。」の4段階でシステムの効率を高めた過程と捉えられるようです。政治制度もデータ処理システムで民主主義は分散処理、独裁制は集中処理、20世紀後期の環境が分散処理を優位にしたが、21世紀にデータ処理の条件が変化して分散処理つまり民主主義の優位性が薄れるかもしれないと言います。

 著者はデータ至上主義とならんで人間至上主義の価値観に固執しテクノロジーを使って優れた人間ホモ・デウスに進化させるとする「テクノ人間至上主義」についても紹介しています。この思想は巨大な開発途上国のエリート層に、大衆医療を提供して平均的な健康水準を引き上げるより「一握りのアップグレードされた超人」を作り出す方に投資するよう誘惑するかもしれません。

 本書では人間至上主義の危機について様々な例から考察しています。難民問題の考察を例示し、共通の絆を持っている集団内でしか民主的な選挙は機能せず、「選挙は、基本的な事柄ですでに合意している人々の間での意見の相違を処理するための方法」と言います。進化論的な人間至上主義では人間が戦争を経験するのは有益で不可欠、戦争で自然選択が発揮されると主張します。

 「物語る自己」にはピークの瞬間と最後の瞬間を思い出し両者の平均で経験を査定する「ピーク・エンドの法則」に従うと、心理学の実験を紹介しています。痛い注射の後にお菓子をもらえば小児科での経験は痛手にならず、出産の最後と産後数日コルチゾールとベータエンドルフィンの分泌で多幸感が得られれば耐え難い出産の苦痛は二度と経験したくない痛みとはならないよう進化したようです。「自己は数学的パターン以外の何物でもないと主張する」「定量化された自己(quantified self)」運動ではバイオメトリックデータを集めてアルゴリズムに分析させ、数値で自己を認識しようとするそうです。アームバンドで心拍数、発汗量、性行為とオーガズムの持続時間、消費カロリーなどのデータを集めて性行為を数字で評価するBedpostが紹介されています。

 本書には現代社会と未来を考える上で多くの示唆に富む歴史的な観点が記されていますが、資源には原材料とエネルギーと知識の三種類があって原材料とエネルギーは有限だけど知識は増え続けるという指摘はなるほどと思いました。

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