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十六の墓標(上・下)

 連合赤軍指導者の一人であった永田洋子さんが自身の生い立ちから活動履歴、逮捕までに犯した同志の殺害について記した記録です。彼女らが殺害した同志は14人ですが、著者によるとタイトルに十六とつけたのは、銃を奪おうとして1970年12月18日に上赤塚交番を襲って警官に殺害された同志1名と73年1月1日に東京拘置所で自殺した最高幹部森恒夫氏を含めて数えているそうです。

 著者は始め、革命左派に所属し逮捕されて獄中にいる指導者に従って活動していたようです。上巻では赤軍派幹部の森恒夫氏と出会って「統一赤軍」を結成し、森氏の助言に従って革命左派から脱走した2名の処刑を決定し、殺害するまでが記されています。脱走した2名の殺人も許されることではありませんが、組織の秘密を守るためという理由は理解しやすいものです。しかし、下巻に記されている同志14名の殺害は「総括」という呼び名で行った理不尽な暴行、虐待が死ぬまで繰り返されたもので、本書に詳細に記されていても理解できる殺害の理由はありません。殺害された一人は妊娠中で胎児も亡くなっていますから、本来なら墓標は十七となります。下巻に序文を要請された瀬戸内晴美さんは「生理的にまいってしまって、ちょっと下巻の処刑の場をすべて読み通す勇気が出てきません」と序文の執筆を断ったことが「編集者への手紙」として記されています。本書によると「総括」要求は最高指導者の森氏から出され、永田さん他指導部が賛成し、永田さんから被指導部の同志にも伝えられ集団で暴行が加えられたようです。集団によるいじめと同じで、多くの人は自分が次のターゲットにされるのを恐れて、暴行する側に加わっていたように見えます。

 「統一赤軍」の名称は、獄中にいた革命左派の指導者の意見で「連合赤軍」に変更されたようです。「連合赤軍」と言えば、浅間山荘事件が思い出されますが、これは妙義山の山岳アジトに迫ってきた警察から逃れ浅間山荘に立てこもったメンバーによって引き起こされた銃撃戦で、永田、森両氏は妙義山で既に逮捕されていて浅間山荘事件には関与していなかったようです。同志の殺害は浅間山荘事件の前に起こっていたことで、立てこもりの中で行われたことではありませんでした。

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