日本銀行と政治 金融政策決定の軌跡

 民主党が選挙で大敗し誕生した安倍政権によって任命され、日銀総裁に就任した黒田東彦氏による「異次元金融緩和」に至るまでの「金融政策決定の軌跡」を記しています。バブル発生を恐れ金融緩和に慎重な日銀と景気刺激、デフレ克服のために緩和の圧力をかけ続ける政府との戦いで、日銀が完全に政権の軍門に下ったのが黒田日銀のようです。

 軌跡は3月に速水優氏が日銀総裁に就任し4月1日に新日本銀行法が施行された1998年から福井俊彦総裁、白川方明総裁を経て、黒田総裁に至るまでが記されています。日銀の完敗の要因として、皮肉にも日銀の独立性を高めた新日本銀行法の制定、民主党への政権交代を経て安倍政権が誕生したことが挙げられています。日銀法改正前の日銀は大蔵省の監督下にあり、政治家からの圧力には大蔵省が盾となっていましたが、新法で独立した日銀は直接、与党政治家の圧力を受けるようになり、新法が日銀に有利となったために現在の日銀法を改正されることを恐れて、日銀法改正を掲げる政治家の圧力が有効に作用するようになってしまったようです。国会承認が必要ですが日銀総裁や副総裁、審議委員の任命権は政府にあり、法改正も可能な政権の意向を無視した政策の実施は不可能だったようです。「中央銀行が法制度的に独立性を保障されたからといって、。。。政治や社会から完全に自律して金融政策を思いのままに決められるわけではない。民主主義国では。。。総裁は政府によって任命されるし、。。。中央銀行法は、議会の多数意思によって変更されうる。」と本書には記されています。

 与党議員が同意した日銀総裁が実施する金融政策を、政府・与党が批判するのは「天に唾する行為である。」のに、「自らが人事の決定に関与していたことをすっかり失念して、日本銀行批判を続けていた」のは「おそらくかつての大蔵省と日本銀行が人事を決め、政治はそれを承認するだけであった頃の意識をいまだに引きずっていたからであろう。」と推察しています。村上ファンドの投資問題で福井総裁が野党の追及を受けた際に、初めて内閣の任命責任が問われる事態となったことがありました。当時の小泉内閣は福井総裁を擁護する必要に迫られ、福井総裁が進めようとしていたゼロ金利解除にも反対できなくなったようです。

 民主党は野党時代、日銀の独立性を尊重する原則に従い、政権の日銀への金融緩和を要求する圧力を批判していましたが、政権を執ってから景気刺激、デフレ克服のため日銀に金融緩和の圧力をかけるようになり、再び自民党へ政権交代後、日銀の応援団がいなくなってしまったようです。このように政権は次の選挙のために短期的に経済が浮揚する金融政策を求めがちで、「民主的な統制を受けない中央銀行が、中長期的な観点から金融政策を決定することが望ましい」という理由で中央銀行には高い独立性が与えられています。本書はアベノミクスが始まったところまでで終わっていますが、株価を上げることを目的として市場参加者が好む大胆な金融緩和政策に、「実体経済の回復につながればよいのだが、たんに資産バブルを発生させるだけに終わる可能性もある。」、物価が上昇した後の「出口政策」で、「日本銀行が、国債の購入停止や売却に踏み切れば、国債の暴落と長期金利の上昇につながりかねず、金融システム不安や財政危機を引き起こす危険性さえある。」と警鐘を鳴らしています。「現実社会では実験的な政策はできうる限り行うべきではなく。。。新しい政策の導入に際しては、。。。慎重に行わなければならない。」とも述べています。

 日銀は黒田総裁の登場前から延々と金融緩和を続けてきたのですが、「日本銀行が量的緩和を拡大しても効果はないと、いくら説明しようとも、量的緩和を求める論者を言い負かすことはできない。実際に量的緩和を拡大して、効果がないと主張しても、緩和の規模が不足している、日本銀行が量的緩和の効果がないと公言するためインフレ期待を引き上げることができない、などと反論されてしまう。一方で、量的緩和を実施し、それとは別の要因で景気が回復したとしても、量的緩和が効いて景気が回復したと主張されてしまう。要するに、金融のさらなる緩和を求める主張には反証可能性がなく、それゆえ絶対に言い負かされることがないのである。」と著者はリフレ派の主張を解説しています。福井総裁は「追加緩和を求める声が上がる前に、先手を打って追加緩和を進めるしか、非難を回避する術はない。」と理解し、「自らの政策理念に反するにもかかわらず。。。追加緩和を積極的に進めた。」そうです。しかし、福井総裁はインフレ目標の設定は拒否し、ゼロ金利を解除してバブルは発生させませんでした。白川総裁はリーマンショックやユーロ危機など外的要因で進んだ超円高に対処し様々な非伝統的な手法を編み出して緩和政策を進め、任期最後は政権を奪取した安倍首相に2%上昇の物価安定目標の共同声明を発表するところまで追い込まれましたが、「政策協定」は拒否しました。歴史的にみて現在の黒田日銀を危うく感じました。

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クルド人 国なき民族の年代記

 「国家を持たない最大の民族」と言われ、イラク・モスルでのISとの闘いで脚光を浴びているクルド人の歴史について、1936年生まれのクルド人作家フセイン・アーリフと1970年生まれの次男マツダ・アーリフへのインタビューを中心として、彼ら「老作家と息子が生きた時代」を記しています。「マツダ」の名前の由来はゾロアスター教の神アフラマズダから来ているとのことなので、自動車メーカーのマツダと同じです。クルド人のほとんどはイスラム教徒で3/4がスンニ派残りが主にイランに住む「シーア派の12イマーム派」とのことです。しかし、「自然を崇拝するゾロアスター教の感覚に近い」「クルド人の本来の宗教心」が残っていて、「イラクのクルド人は概して世俗的」なようです。

 「2014年の米国議会調査局(CRS)のリポートでは、クルド人は全世界に3000万人。。。。トルコに1500万人、イランに800万人、イラクに500万人、シリアに150万人、欧州などに移民として100万人強が住むと」推計されているそうです。トルコではクルドの独立を掲げて武装闘争も辞さないPKKがテロ組織と認定され、クルド人はトルコで弾圧されているイメージが強かったのですが、イラク戦争前のサダム・フセイン政権下でイラクのクルド人は徹底的に弾圧され毒ガス攻撃にさらされたりした歴史があったようです。イラクのクルド人は欧米や旧ソ連、地域大国であるイランやトルコの思惑に翻弄されてきましたが、1968年バアス党による2度目のクーデターで混乱の中、北部キルクークではクルド人が武装蜂起し、バアス党は1970年に一時休戦のためイラク北部クルディスタンでの自治を提案し、合意されました。しかし、その後、バアス党政権はクルド自治区へのアラブ人の入植を奨励して自治合意が蔑ろにされ、クルド人部隊ペシュメルガとの武力衝突が激化したようです。バアス党は旧ソ連寄りの政権で、米国は対抗するためにクルド人を支援し、イランの支援も受けたペシュメルガはイラク北部でイラク政府軍と全面戦争を繰り広げましたが、1975年のアルジェ合意でペシュメルガの敗北は決定的となりクルド人はイラン国境地帯の山岳部へ敗走したそうです。アルジェ合意はイラクがイランとの国境地帯シャトル・アラブ川の係争地をイラン側に譲ることを提案したもので、イランがクルド支援をやめることを引き換えとしました。この合意後、米国もクルドの支援をやめ、クルド人に支援者は現れなかったようです。クルド人は「山のほかに、友はなし」と、よく言うそうです。このアルジェ合意で譲った領土を取り戻そうとしたのがイラン・イラク戦争で、イラクが合意を破棄したためイランはクルド人の支援を再開し、その後の湾岸戦争でサダム・フセインが敗北した際にクルド人は武装蜂起します。武装蜂起は鎮圧されましたがクルド人は難民となり国際社会から注目されたため、北部でのイラク軍航空機の飛行禁止区域が設定されクルド人保護のための安全地帯ができました。1992年再び自治が合意されクルド地域政府議会選挙が実施され、クルド愛国同盟(PUK)とクルド民主党(KDP)が50議席ずつ、残りの5議席はキリスト教徒とアッシリア人に割り当てられたそうです。この選挙で作家のフセイン・アーリフはPUKの議員となります。その後、1994年PUKとKDPによるクルディスタンでの「クルド内戦」がおこり、PUKがイランの支援を受けて攻勢を強める中、KDPはあろうことか、サダム・フセインに支援を要請しイラク軍を招き入れ、国際社会の非難を浴び、内戦は1998年のクリントン米国大統領による仲介まで続いたようです。

 イラク戦争でサダム・フセイン政権は崩壊し、ISによってイラクの治安が脅かされる中、クルディスタンは米国の協力のもと安定した自治区が運営され、外国資本の投資も活発化して欧米のような近代的な社会が築かれつつあるようです。そんな中でも「部族主体のクルド社会は保守的で、結婚前の交際は許されない」ようで、「不貞な行為」をした娘を父が殺す「名誉殺人」も存在し、この保守的伝統的価値観と欧米の影響を受けた自由恋愛との間で苦悩する少女による抗議の焼身自殺も増えているそうです。

 トルコ、イラン、イラク、シリア各国でクルド人が少数派であることは同じですが、置かれた状況はそれぞれ異なり、クルド語には大きく異なる方言があって標準語がなく、部族主体の社会でもあり、諸国のクルド民族が単純に同一民族として大同団結するというわけには行かないようです。本書はイラクのクルド人について記された本です。

クルド人 国なき民族の年代記――老作家と息子が生きた時代

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国民の命を守らない軍隊

 8月15日に向けてテレビ局から先の大戦に関する特番が放送されましたが、「731部隊の真実」、「樺太地上戦」、「戦慄の記録インパール」と三夜続けて放送されたNHKスペシャルは見ごたえのあるものでした。731部隊で人体実験を行った中心人物は終戦後、データを米軍に引き渡すことで戦犯に問われることから逃れ、医学界で活躍し、自己の行為を正当化していたようです。

 樺太(サハリン)の南半分は日本領でしたが、終戦後ソ連軍が進駐し、接収されました。8月15日の日本の降伏によって自動的に占領されたものと思っていましたが、8月15日以降に樺太での日本軍とソ連軍の戦闘があり、多くの日本人住民が死亡したことを知りました。樺太に駐留する日本軍部隊は、ソ連軍が北海道に侵攻することを警戒した北海道の司令官の命により、樺太でソ連軍を押し止めるための攻撃を仕掛けたそうです。しかし、ソ連軍の反撃で多くの犠牲者を出し、兵力もない日本軍は住民を動員して7日間も戦い続けたようです。樺太では8月15日が終戦の日ではなかったのです。

 イギリス軍の拠点があったインド北東部インパールを攻略すべくミャンマーから攻め上った日本軍が、多くの餓死者、戦病死者を出し「陸軍史上最悪」と言われる敗北を喫したインパール作戦、指揮した牟田口司令官は戦死を免れ、終戦後、作戦の正当性を明らかにしようとしていたそうです。

 軍隊は国民の命を守るために戦ったのではなく、国民の命を使って戦っていたようです。軍隊が守ろうとしたのは国体であり、天皇陛下ですから、軍の上層部は、そのために国民が犠牲になることは厭わなかったのでしょう。NHKスペシャルを見て、日本軍の多くの兵士が亡くなり司令官が生き残ったことを考えさせられました。もちろん、戦中の自身の行為に対する自責の念に苦悩した司令官も多かったものと思いますが、兵士や住民など末端の人が犠牲になるのが戦争の現実です。自衛隊は国民の命を守るのが使命と思いますが、戦争で犠牲になった英霊を祀る施設として靖国神社に参拝している政治家が、自衛隊を戦前の軍隊と同一視していないか心配です。

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オスプレイ自粛しない米軍と理解する安倍政権

 豪州で墜落し、原因が解明されて安全が確認されるまでオスプレイの飛行を自粛するよう日本政府は在日米軍に要請しました。自粛要請に米軍がどのような返事をしたかは分かりませんが、米軍は翌日にオスプレイの飛行を実施し、要請は無視されたかっこうになりました。安倍政権は要請が無視されたままで放置する訳にもいかず、かと言って米軍に自粛を守らせる気概もなく、米軍の説明を理解して安全と認め、米軍の言いなりになる方針のようです。これまでも在日米軍の運用にかかわる日米の様々な合意事項を、米軍は度々無視してきましたから、米軍が自粛要請を無視することは初めから織り込み済みかもしれません。オスプレイの事故に対して小野寺防衛大臣が真剣に取り組んでいる姿勢を示すためのパフォーマンスとして申し入れたのでしょう。

 日本は独立国ですから、外国人であっても日本での行動には日本の法律が適用されるべきです。江崎沖縄・北方担当大臣が、「日米地位協定は少し見直さないと」と言ったのは正しい認識です。残念ながらすぐに発言は修正され、日米地位協定の見直しは検討もされないようです。田中真紀子氏が小泉政権下で外務大臣をしていた時に外務省幹部と「地位協定の一部見直し」について話したところ、「そうした発想をする人物が外務大臣に就くこと自体に強いアレルギーを持っていた。」と自著「父と私」で述べています。外務省としては、米国の言いなりになる日米同盟が日本外交の基本で、厄介なことに巻き込まれたくないのでしょう。日本国民のためにこのような官僚を動かして、現状を改善するのが政治家の役割ではないでしょうか。地位協定の見直しに言及する当たり前の感覚を持っている自民党の大臣がいるのですから、民進党も閣内不一致を攻撃するのではなく、江崎大臣が地位協定の見直しに踏み出せるような後押しをしてほしいものです。

at 07:10, kameriki, 雑感

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終戦の日

 日本は無条件降伏を受け入れて戦争を放棄しました。政府には、再び戦争しないよう不断の外交努力を望みます。

at 07:40, kameriki, 雑感

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父と私

 田中真紀子氏が父、田中角栄氏と自身について記した本です。脳梗塞で倒れた後の田中派後継を争い目白の田中邸を訪れた自民党議員の暗躍や、金大中氏が東京で拉致された日に「金」と名乗る人から角栄氏にかかってきた電話を取り次いだ真紀子氏が「命、命だけは絶対にダメだぞ!」と電話で角栄氏が話していたのを聞いたことなど、興味深い裏話が紹介されています。

 総理の外遊に夫人(ファーストレディ)の同伴はつきものですが、角栄氏は夫人ではなく娘の真紀子氏を同伴していました。夫人が病弱なため同伴できないと思っていましたが、真紀子氏はその理由を、「母は。。。。重い中耳炎を患って補聴器が手放せない状態。。。もともと控えめで華やかな場に出ることを好まなかった母は、。。。和服を着ていたこともあって着替えに時間がかかった。そうした事情から、。。。アメリカ留学の経験もあり、。。。私が自然の成り行きとして母の代役を務めることが多くなった。」と記しています。これだと、夫人より娘がファーストレディの任にふさわしかったように読めますが、「『マキ子には世界中を見せてあげる。それがお父さんの夢だ』と言い続けていた」とも記していますので、案外、親ばか的な理由があったのかもしれません。しかし、中国との国交正常化交渉のために訪中する際に角栄氏は「。。。今回の訪中だけは別ものだ。中共という国が。。。何をしようとしているのか何一つとして正確な情報はない。しかも国内においては台湾派、親米派による猛烈な反対がある。。。いつ撃たれるか、毒を盛られるかわからぬ状況で出発をする。。。」と言って、真紀子氏を伴わずに出かけたそうです。日本の国益のために命懸けで外交交渉に臨む政治家の覚悟を見た気がします。

 真紀子氏の夫、田中直紀氏は田中家の力で代議士になって真紀子氏の尻にひかれている頼りないイメージがありましたが、本書によると、角栄氏が脳梗塞で倒れて後継争いで大変な時に、「新米代議士」であった直紀氏が「父の地元の支持者の方々や国会議員、マスコミ等、対外的スポークスマン役の全てを秘書の方々の協力を得て、引き受けてくれた。」と真紀子氏にとって頼もしい主人であったことを知りました。

 父は偉大な政治家で先見の明のある政策を実行してきたとの考えで記載されていますので、ロッキード事件については疑問を投げかけ、日本列島改造論につながったガソリン税で道路をつくる政策などについては高く評価しています。しかし、「道路特定財源であるガソリン税に対して大蔵省は、『税金を特定の目的に使う特定財源は政府の予算編成権を拘束する。憲法違反だ』と反発したそうですが、ガソリン税で無駄な道路がたくさん作られた現実を見ると、憲法違反かどうかは別にして、当時の大蔵省の懸念が当たったことになります。角栄氏が金権政治と批判されたことについては答えていませんが、庭にいた鯉の話や何人もの秘書や書生がいた話など、随所に大金持ちであったことが分かるエピソードが載っています。その暮らしがどうやって維持されていたのか。本書で真紀子氏はパパラッチや怪しげな秘書など田中角栄氏を利用して金儲けをしようとした輩を非難していますが、庶民感覚では政治家としての角栄氏の功罪の「罪」の方も意識してしまいます。

 真紀子氏が外務大臣として外務省を改革しようとして抵抗にあい挫折した議員時代のことや、現在のトランプ政権や安倍政権に対する懸念なども記されていますが、こちらは共感できました。

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内閣改造の目くらまし

 安倍首相が内閣改造を行い、世論調査の支持率が下げ止まりました。河野太郎氏や野田聖子氏を大臣に起用したことが評価されているようです。自民党内で安倍首相の支持者ではないと思われている二人を起用することによって、多様な人材を取り込む度量を見せて「お友達内閣」ではないことを示そうとしたのでしょう。河野氏は脱原発の主張で知られていますが、原発の所管庁である経産省の大臣ではありませんので、原発政策には関与しない姿勢を示しています。河野氏が河野談話で知られる河野洋平氏の息子であることから安倍首相と外交姿勢が違うように見る向きもあるかもしれませんが、中国や韓国との関係を改善し、ロシアとの関係を深めようとする安倍首相の外交姿勢については、誰が外務大臣になっても変えることはないでしょう。安倍首相も総理大臣の建前としては河野談話を尊重することを表明しており、河野太郎氏が外務大臣になってもこの点で安倍首相の外交方針と齟齬が生じることもないはずです。その意味では、巧妙なポストで異分子と見られている河野氏を内閣に取り込んだと言えます。

 野田氏の総務大臣起用も安倍首相の方針に異議を申し立てる可能性の少ないポストのように見えます。前任の高市早苗氏は総務大臣として放送法を曲解してメディアに圧力をかけていました。政権に批判的なメディアを敵対視して攻撃する安倍政権の象徴のような存在でしたが、野田氏がこの点を改めるのか注目されます。

at 07:27, kameriki, 雑感

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満蒙開拓団ソ連兵への慰安婦接待

 NHKEテレの番組で、「接待」と称して若い未婚の女性にソ連兵相手の性の接待をさせた満蒙開拓団があったことを当事者の話を交えて伝えていました。岐阜から、旧満州・陶頼昭に入植した650人の黒川開拓団で、終戦直後多くの開拓団が地元住民などによる襲撃で集団自決に追い込まれる中、この開拓団は生きながらえることを目標とし侵攻してきたソ連兵に守ってもらう道を選びました。ソ連兵の保護は受けられましたが、ソ連兵に見返りを要求され、接待所で若い未婚の女性による性行為を提供したとのことです。番組では当事者だった女性や接待所に関わった男性、その家族の証言が放送されていました。事実を伝えているのは当事者の証言だけで記録は示されませんでしたが、他の開拓団の多くが集団自決したのに対して、この開拓団の多くの人が日本への帰還を果たしたことは、「性接待」が事実であったことを物語っています。

 黒川開拓団の選択を論評することはできませんが、勇気を奮って証言した当事者に答えるためには、事実を歴史として語り継ぐことが必要ではないでしょうか。

 無事に帰還した開拓団も日本での生活に苦労し、就職先もなく岐阜の山間地での開拓に従事したそうです。開拓地は蛭しかいないという意味で「ひるがの」と名付けられたそうです。東海北陸自動車道でよく通過している「ひるがの高原」の名前の由来が「蛭」で、黒川開拓団の悲しい歴史があることを知りました。

at 07:16, kameriki, 雑感

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蜂の巣駆除

 外壁の隙間に蜂の巣がありました。いつの間にできたのか全く気が付きませんでした。5cmほどの小さなものですから、できたばかりだったのかもしれません。そのままにしておくわけにもいかないので、小さなうちに駆除することにしました。駆除方法をネットで検索すると、スズメバチは危険なので業者に任せた方が良いとのことですが、幸いスズメバチではなさそうです。自分で駆除することにしました。

 蜂は黒いものを攻撃するとのことで、白い長袖のワイシャツを着て長ズボンをはき、黒いベルトは外し、ゴム手袋に軍手をはめて眼鏡をし、帽子の下に洗濯ネットをかぶって防備しました。蜂用ではありませんが、ピレスロイド系のゴキブリ用殺虫剤がありましたので、これを少し離れたところから蜂の巣めがけて噴射しました。数十秒噴射し、蜂が動かなくなったので傘の先端で叩き落しました。結果的には殺虫剤で蜂が死んでいたのですが、蜂が動かないことを確認して巣をゴミ袋に入れ、念のためゴミ袋の中と巣のあった場所に殺虫剤をかけました。

 巣が小さかったので結果的には殺虫剤で難なく駆除できたようです。何でも小さいうちに見つけて早めに対処することが大事だと思いました。

蜂の巣

 後日、2階のベランダでも小さな蜂の巣を見つけ、同様に駆除しました。

at 07:09, kameriki, 雑感

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危険生物ヤマカガシ

 ヤマカガシに咬まれて男児が一時、意識不明となったことが報道されました。幸い血清の投与で回復したとのことですが、危険生物がヒアリだけではないことを思い出させられました。沖縄ではハブがいて危険な毒蛇がいるという意識があっても、本州では身近に毒蛇がいるという意識に乏しいかもしれません。しかし、本州には8種類の蛇が生息しそのうちマムシとヤマカガシの2種類が毒をもつとのことです。

 ヒアリのように危険生物が侵入するのを防ぐことは重要ですが、毒蛇だけでなくクラゲやイソギンチャクなどすでに日本列島や近海に生息している動物にも危険な毒をもつ種類がいることを頭の隅に置いておく必要がありそうです。もちろん、危険生物を増やさないためにヒアリの定着を阻止する対策には力を入れなければなりません。

at 07:13, kameriki, 雑感

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